●生涯現役主義のススメ
昔・・・・・人生50年。その多くは第1次産業に従事。定年がない。
現在・・・人生80年。その多くはサラリーマン。60歳になると定年がある。(2013年から65歳定年制が完全化)。定年後20年以上の期間がある。余生として生きるにはあまりに永すぎる。
大企業や公務員の場合のように、定年後の嘱託先、天下り先があるところはまだ良い。しかし、それでも一定期間しかない。一生続くわけではない。
そこで、生涯現役主義ということになる。ボケずに、お荷物にならずに、いきいきと生きるためにはどうしたらよいか。
三浦敬三氏
スキーヤー三浦雄一郎氏の父。還暦を超えてからエベレスト山系の氷河、キリマンジャロ山をスキーで滑り降りる。好きなスキーを生きがいに毎日を過ごしたことが、体を鍛え(弱らせず)、頭を鍛えた(百歳近くになっても原稿を書けた)。お金を得ることができた(講演・執筆・テレビ出演)。人の役に立った(多くの人がその生き方に感銘を受けた)。
森村誠一氏「虹の生涯」新撰組義勇伝
小説上の人物だが、元お庭番4人組の1人、名は和多田主膳。
家督を息子に譲った後、息子の嫁にも邪魔にされ、飼い猫と同じ飯を食べさせられる。毎日掘割で釣り糸をたれ、時間を無為に過ごしていた。偶然、嘱託の仕事を得、自分の剣術が人の役に立った。自尊心、お金、世の中とのかかわりの実感、誰かの役に立つという事実。人間としての自信を得、男としての自信も得た(廓で褥)、エピソード多数。
定年後に必要なもの、「生きがい」「お金」「誰かの役にたつこと」。
本人がやりたいと思うのなら良いが、やりたくないと思っている「ボランティア活動」などすべきではない。
最悪のパターン
サラリーマン時代は滅私奉公、会社がすべて。定年後、何もすることもなくなり、生きがいを失う。ボケる。
対策
サラリーマン時代から定年後の人生設計。やりたいことを作っておく。生きがいをみつけておく。自分の得意なことが生かせ、それが人のためになり、お金にもなることがベスト。
例えば、岡倉大吉的起業(「渡る世間は鬼ばかり」の岡倉大吉はサラリーマンを退職、割烹料理店の大将となる。自宅を改造して営業。手に職をつけ独立開業のパターン)
ネットで検索しても先駆者、お手本は多い。
(財)ベンチャーエンタープライズセンター/後援経済産業省のDREAM GATEというサイト“先輩起業家に聞け!”から抜粋。
もんじゃ・お好み焼きや「樽や」小澤敏男さん。1940年生まれ
「(定年後)自分に何ができるのか。地域に私の居場所はあるのだろうか。(中略)今、何かを始めるしかない」と建築設備会社を58歳で早期退職。
妻が調理師免許を取っていた。それを活かし、お好み焼きや「樽や」を1999年7月開業。
開業資金600万円。うち半分は信用金庫の融資。
ホームページ作成のために参加したIT講座が転機となり、シニア情報生活アドバイザーの資格を取得。NPO「夢育支援ネットワーク」立ち上げに参加。パソコン、デジカメを地域のシニアに教えている。ホノルルマラソン参加するなど好奇心あふれる活躍。
ITコンサルタント 亘鍋省次さん 1944年生まれ 2003年起業
血管の難病のため入院、手術、闘病生活。役職定年の58歳を間近に控え、独立を決意。
「久留米起業塾」が起業へ後押し。
36年分の経験、人脈を生かし起業。開業資金 300万円 車、パソコンなど
竹資源クリエイト㈱ 田中一男さん。1938年生まれ
1999年定年退職 2001年現在の会社の前身企業を引き取る。2004年会社設立。
定年後、異業種交流会(ドリーム会)に参加。会社立ち上げサポートなどを行う。
赤字の会社の株を引き取り、代表取締役に就任。“竹は地球を救う”というコンセプトで竹フローリングをビジネスにする。
麦雑穀工房マイクロブルワリー 馬場勇さん 1945年生まれ
2003年開業。大学で教鞭をとる一方、百姓仕事を趣味としていた。
58歳で退職し、麦の加工品としての地ビール醸造所を立ち上げる。工房の片隅にパブを設置。「お客さんが、私のビールを飲んでおいしいといってくれるのがいちばん嬉しい瞬間です」と語る。
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